管理人はつらいよ   
マンション管理最前線

 迷惑な迷子 実は 
管理人って、こんなことまでやってるんです。


 昔、私が管理人なりたての頃、まだ仕事の要領も住民の顔もろくに知らない時期(季節は冬)、以下のような事件がありました。

 夕方、外は真っ暗。終業時間になり、「さあ帰ろうか」と思った時、ご婦人が管理人室に来て、すでにカーテンが閉まっているにもかかわらず、「管理人さん! いるの?」と、窓をノックします。「はい、まだいますよ。何ですか?」と窓を開けて話すと、ご本人泣いています。「何事か?」と思い、話を聞くと。
 
 
うちの子がいなくなっちゃったの」、これは一大事のようです。

「あのね。昼間公園で遊んでいて、その帰り道3時頃、ちょっと目を離したすきに、うちの子がどこかへいっちゃったの。もう2時間探しているけど見つからないの。エ〜ン。」 この奥さん、泣いちゃってます。
「奥さん、子供さんって、男の子? 女の子?」
「女の子」
「何歳ですか?」
「3歳」
「そりゃ大変ですね。変な奴に捕まったりしたら大変ですよ。じゃあ、私も一緒に探しますよ。自転車に乗って近所を走ってみます。ところで、どんな服着てるんですか?」
「赤と茶色のチェックの服着てます」
「名前は?」
「マリア」
「マリアちゃん?(最近の日本人は外人みたいな名前も多いなあ) わかりました。懐中電灯持って探してみます」

 「マリアちゃん!マリアちゃん!」 近所を30分程度自転車で走り回ってみました。途中、ところどころで知り合いの住民に会ったので、「マンション住民の子供が迷子になっちゃったんですよ。もし、見かけたら教えてください」とお願いしました。
 しかし、見つかりません。いったん、マンションに戻りました。ちょうど母親も戻っていました。「奥さん、もう暗いし、危険だから、警察に捜索願い、出したらどうですか?」「え? 警察? でも、ちゃんと調べてくれるかな?」「たしかに今の警察は不祥事だらけで、ろくな仕事はしないかもしれませんが、3歳の女の子が行方不明なら、調べてくれますよ。今から警察に行ってきたらどうですか? もしかすると、すでに保護されてるかもしれませんよ。とにかく電話して聞いてみましょう。私がかけてあげますよ」 
 そして、地元の警察署に電話しました。 「3歳の女の子は保護してないなあ。とにかく捜索願い提出してよ。とりあえず、電話でいいから、住所、姓名と生年月日、教えてよ」「はい、わかりました。奥さん、マリアちゃんの生年月日教えてください」「え? 生年月日? 私覚えてないわ」「何言ってるんですか? 自分の子供の生まれた日知らないんですか?(まったく、今の若い親というのはどうしようもないなあ)」「ちょっと待ってね管理人さん。部屋に戻れば
血統書があるからわかるわ」「血統書???え??? 何????」

 そうなんです。実はマリアちゃんというのは犬(シーズー犬)だったんです。今の人は、ペットをわが子と同じだと思っているらしく、「うちの子」とか「男の子 女の子(オスメスじゃなくて)」と言うそうです。私、玄関ホールで腰が抜けて倒れてしまいました。

 3分間呆然としたあと、気を取り直して、警察に事情を再度説明したら、「え? 犬? そんなことでいちいち警察に電話なんかすんじゃないよ! バカじゃないの? こちとら忙しいんだよ」と怒られてしまいました。しかし、私の横では奥さんが泣いています。「そんなこと言わないで、探してくださいよ」「しょうがねえなあ。え? 何? ほう!」(なんか、他の警官と話しています) 「よお、あんた、3丁目の鈴木さんという家から110番があって、”見知らぬ犬がうちの庭に入り込んで、大事な盆栽を荒らしまくって暴れていて困る”って苦情が来てるってさ。チェック柄の服を着た白い犬だって。それっておたくの犬じゃないの?」「きっとそうです。今から引き取りにいきますから、その家の詳しい住所教えてください・・・・・・・」

 「奥さん、良かったですね。見つかりましたよ。住所、このメモに書いておきましたから。コンビニの裏の家だっていうから簡単にわかりますよ。じゃあ、引き取りに行って下さいね。私は、もう1時間半も残業してますから帰りますので・・・」「え? 管理人さん いっしょに行ってくれないの? 私、方向オンチだから、わかんな〜い」(あんた、さとう珠緒かい? だいたい方向オンチなら散歩なんかするなよ) 「わかりました。案内しますよ。いっしょに行きましょう」

 現地が近づくと、「ワンワン ワンワン」声が遠くにまで響いています。うるさいこと。ちょっとした騒動になっています。近所の人も大勢集まっています。「すいませ〜ん。白いシーズー犬いますか?」「なんだおまえ飼い主か? バカ野郎、てめえのせいでうちの盆栽がめちゃくちゃだ。どうしてくれるんだ! 弁償しろ!!!」「ちょちょ、ちょっと待ってください。私は飼い主ではないですよ。誤解しないでください。私は・・・・」と弁解している間に、奥さんは愛犬を抱っこして、「良かった〜」と泣いてます。ボロボロ泣いています。「ごめんね〜、ごめんね〜」と被害者にではなく、犬に言っています。被害者の男性以下私たち一同は、あっけにとられて呆然としてます。野次馬の中には、「ほんと、良かったわね」ともらい泣きしている、犬を連れた、わけのわからないご婦人もいます。
 私はその隙に、「じゃあ、奥さん、あとは任せましたよ」とすたこらさっさ、逃げました。こんなのにいつまでもつきあっていられないですから。

 あとで、会社の上司に事情を説明して、「残業代出してくださいよ」とお願いしたら、「そんな下らないことで残業なんかするな!」と却下されてしまいました。

 後日話を聞いたところでは、「散歩の帰り、マンションが近づいてきたので綱を外したら、逃げちゃった」とのことです。この人、他住民から「あの部屋の人、綱つけないで、犬を放している」と苦情が出ている悪質飼い主でした。「ふだんは綱を外すと自分で勝手に階段をのぼって部屋の前まで行く”お利口な子”」だそうですが、その日だけどっかにいっちゃったみたいです。”交通事故は自宅近くで起こすことが多い”という統計があって、”ドライブの帰り、自宅が近づくと、気が緩んで事故を起こしやすい”そうです。犬の散歩も自宅が近づくと安心して、綱を放す不心得者が多いそうです。

 ちなみに、この奥さん、その後、私にあっても知らん振り。もちろんお礼の品なんかありません。

 これに限らず、ほんと、犬のために今までどれだけ迷惑をうけたことか。トホホ。

 
 なんでこんなことを思い出したかというと、昨夜のテレビで「最近は犬の交通事故で救急車を呼ぶ人が増えている」ということを放送していたからです。みんな、「うちの子が車にはねられた」と119通報するため、人間だと思って、出動してしまうそうです。消防署も大変ですね。ペットからも税金取らないと、日本は財政破綻します。


2005/1